45 『流刑地にて』 カフカ

『流刑地より』 フランツ・カフカ   ちくま文学の森 11

またまた厄介な物語

先生
先生

カフカって知ってる?聞いたことあるね。高級そうだね、でも難しそう。考えがいのある作品ばかりだなあ。

流刑地での処刑の立会いに招かれたある旅行家に将校はその処刑装置を自慢した。将校はその機械を作った前の司令官を信奉しておりその機械の素晴らしさを語った。

囚人はまず下のほうの《ベッド》と呼ばれる部分に腹ばいに固定され、上部の《製図屋》の中で組み合わされた歯車によって、《製図屋》の下に付けられた《馬鍬まぐわ》と呼ばれる鋼鉄製の針が動き、体にその罪の判決文を刻まれる。処刑には12時間もの時間をかける。

この機械には将校の特別な思い入れがあったが、現司令官はこの処刑方をやめさせようとしていた。将校はそれに抵抗しようとして機械の説明をしながら、旅行家に自分を助けてくれと頼み、実際に処刑を見せようとした。しかし旅行家は、その頼みを断る。

すると将校は突然、縛り付けられていた囚人を放免する。そして《製図屋》の中身を新たに入れ替え、自分が裸になってその機械に横たわって機械を作動させる。しかし機械は鈍い音を立てて壊れ始め、《製図屋》からは歯車が次々と飛び出し、《馬鍬》はわずかな時間の間に将校を串刺しにして殺してしまう。

旅行家は帰りに全司令官の墓を見に行った。それは喫茶店の奥の壁際にあった。粗末なテーブルに隠れてある墓石には《ココニ老司令官閣下眠レリ。》《ワレラガ司令官閣下ハ必ズヤ甦リ、当家ヨリ立ツ。忠義ノ士ヲ指揮シテ、再ビ当地ニ君臨スルナラン。信ゼヨ、時ヲ待テ!》とあった。

旅行家はいっしょに乗船したいという兵士たちのを残し汽船へと渡してもらった。

先生
先生

今回も、話はわかるけど何を言いたいかという点で議論がある小説じゃないかな。どう思う?

処刑に機械を使うのはなぜ?

羅漢
羅漢

わかんないなあ。だって、まず旅行家という人がなぜ出てくるのかがわからない。学術調査の旅行家という人がなぜ死刑の立会人に選ばれるの、という問題。設定が理解できなくて小説の意味を考えられない。

福生
福生

後の方で将校が高官会議という場でのやりとりを予想していますね。その中でこの旅行家がある役目を期待されていると言っています。それはいわゆる”知識人”という権威を示すことです。そして将校はその時に自分が発言できるようにしてもらいたい、と頼むのです。ひとことで言えばこの旅行家は知的な権威を表しているんでしょう。現司令官にしてみれば、この処刑マシーンをやめさせたい。将校にしてみれば、処刑を見せてその後の自分の頼み事を聞く。この両方の役割をそれぞれ期待された存在。そういう設定にしなければならなかったということでしょう。

いちばんのポイントはなぜ機械で処刑しなければならないのか、そこを見せなければならなかったということです。その意味を理解できる知性ある人間が必要だった。

先生
先生

そういうことか。そこでなぜ機械なのかがキモだよな。なぜ機械に殺させるんだろう?

流刑地での処刑ということで、処刑方法として色々あるはずですよ。そんな機械の必要性があるのかなあ?

岡野
岡野

機械っていうと、普通なら近代を意味する記号ということだよね。ほら、去年『エッフェル塔試論』という本の話を聞いたよ。エッフェル塔のエレベーターこそ近代を実感させる仕掛けだった、という例の話だよ。エッフェル塔の「意味」って、上から景色を眺めるためのものではなく、高度を体感するためのものでもなく、文明の力で労苦なく登っていくあの浮遊感を体験するための塔だ、とかいう話じゃなかったかな。ちょっとあやふやだが、妙に面白かったから覚えてる。あれと同じじゃないの?この手の評論文は現代文の入試でよく出るって先生言ってたね。

それこそ機械を使っての処刑の方がヒューマニズムに適っているということかな。でもそれも変か?

栄古
栄古

その機械が老朽化してするのが将校にとっての問題となるんだから、近代の記号というのはどうかな。近代化の表象だったらその老朽化は、もっと進歩した時代の表象になっちゃう。

むしろ心のないもので、それに人間の命を取らせる、ということを表しているのだと思う。

判決を体に刻むのが大切なんだ

曽宗
曽宗

ところがだよ、その「心がないものだ」という単純さを拒否しているのがこの機械だ。機械は、お前はこういう罪状で処刑されるんだ、ということを囚人の身体に文字で刻むんだよ。ここがミソだよ。


変な話だけど、明治大学の博物館に「鉄の処女」っていうのがあるらしい。なんだか鉄でできた少女の等身大の人形があって、その鉄の人形の内側がトゲがいっぱい付いているって。その中に罪人を入れて、人形の外側を閉めるとトゲが罪人を刺して殺すとか。どうもトゲは元々ついてなかったみたいだけど、そういう刑罰のための道具があるらしい。(おれは見たことない)

その刑罰と違うのは、罪人に罪過を正しく認識させる装置が、しかも言って聞かせるんじゃなく、まさしく「からだに聞かせる」装置が付いているという、画期的なものだったということだ。機械だけでなく正義の精神まで発現させたものだったんだ。

将校が必死で機械の意味を言って説いているのはそこなんじゃないの?

先生
先生

将校はなんで最後に自分から機械に乗っていったんだろう?自分の計画が失敗に終わって、崇拝する全司令官への殉じるという気持ちかな。絶望したのかな。

触毛
触毛

さっきの「からだに聞かせる」というのは面白かった。僕も賛成だ。

最後に将校は「正義をなせ」と書かれた紙を鞄から出すが、これ、僕はこれを将校への判決文だと読みます。

この機械を存続させるために将校は何をしたか?愚鈍な兵士を死に値しないことで死刑にしようとしたじゃないか。兵士はなんだかわからないうちに処刑されそうになる。将校のせいだ。その将校はなぜそんな処刑をしようとしたか?機械の維持のためだ。

つまり、将校は重大な罪を背負っている。それで彼は最後に自分を処刑したんだろう。だから「正義をなせ」と機械に宣告されたわけだ。旅行者に頼みを断られて、もう自分を処刑するしか道は無くなったのだろう。だって、正義をなせということは自分を罰せよ、ということだから。

僕は将校は自分の計画が上手くいっても、たぶん最後には自分の処刑はしたと思うよ。正義をなさなければならいからね。

曽宗
曽宗

将校は、「拷問は中世の遺物に過ぎない」という言葉を旅行家に言っている。そんな言葉は将校にとって百も承知なんだ。それが自分が行なっていることへの批判として見当違いであることを言いたかったんだな。

公開することの意味は?

岡野
岡野

でも、そもそもなぜ処刑を見せることにそんなにこだわるんだろう。どうしてそうした面倒くさいことをしたがるんだ?

尽明
尽明

処刑はエンターテインメントだからよ。これも将校の言葉で「ほどのいい頃合ともなりますと、誰だってすぐ目の前で見たいというものでしょう!」と言わせてるわ。昔はみんな「よろこび勇んで見物にやってきました」とも。さらに、前司令官は子供に最優先で見せろと言っていた。苦痛で歪んでいた囚人が浄化の顔をしているのを。つまり、教育です。

機械は機械でなくなるということを言っていると思います。あるいは機械だからこそかえってなんらかの精神的なものを”観客”は感じられるのかもしれない。

先生
先生

最後のところ、前司令官の墓を見にいったところと兵士をボートに乗せなかったことはどう読む?

尽明
尽明

旅行家には、将校への敬意があったんじゃないでしょうか。将校の死体の表情には期待された浄化の表情はなかったとあります。しかし「視線はもの静かで信念をたたえていた。」ともあります。それは旅行家に伝わったのでしょう。だからうち捨てられた前司令官の墓碑を見て、とても兵士たちをボートに同乗させる気になれなかったんだろうと思います。

将校への敬意?理解?

栄古
栄古

結局、この物語は意外にも将校への敬意と、なくなっていくものへの哀惜が感じられるもの、という印象だったんだけれど。

よし子
よし子

私は反対に思い込みが激しい将校たちへの拒否感があったように読んだけど。今までの話を聞いてちょっとわかんなくなっちゃった。最終的には旅行家はこの将校の訴える主張を捨てて、世界一般の考え方を選んだわけよね。

先生
先生

読み方は自由だと思うよ。ただそれをどのように理由づけしていくかだ。くどいけどね。

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