10 「石炭をばはや積みはてつ」?読む意欲が⤵️

「舞姫」なんて入試に関係ないから、やらない学校もあるんだって。

圭

さて、僕たちは前の時間に『舞姫』を読むことを知らされていた……

できるだけ事前に教科書を読んでおくように指示されていたのだが、これがまた最初から何が何だかわからないような小説で、事前に全く知識のなかった僕にとって、まるで古文の長編を読まされるような苦痛の時間だった。今日の教室の雰囲気も全くだらけたものになってしまっていた。

しかし、話の流れを知り、そしてこの小説が全くつまらない上昇志向の塊のような男の懺悔の話であることを知って、ますますこんな小説が名作として教科書に載っている理由がわからなかった。これが近代の小説の始まりだ、ということにしか価値はないものなのか。それとも、現代に通じるような学校で読む価値のある小説なのだろうか。○○高校じゃあ、時間の無駄だとかいって飛ばすそうだが。うちは無理にでも読ませるのね。

先生
先生

今日はまずみんなが苦しみながら読んだ『舞姫』について、感想を聞こう。自分なりの解釈ができた人にはいい成績をやるぞ。とか言って、ささやかな加点になるかもしれないが。

あらすじ確認

「それにしても、参っただろう?書き出しからして、何がどうしたの?って感じだよね。話の流れはこうだった。

主人公の太田豊太郎は今、サイゴンの港の船中にいる。ヨーロッパから日本に帰る途中、周りに誰もいないので、これまでの留学とそれが自分の苦しみの元となった事情を書いておく。

彼は若手官僚で、将来を嘱望されたエリートだった。父を早く亡くしたので、母も上役も彼に期待をかけていた。ドイツへの留学を許されてベルリンに立った彼を待っていたものは、全てにわたって日本の先を行くヨーロッパの大都の眩しいばかりの光景だった。だがベルリンでの自由な雰囲気にも慣れてくると目的の学問、法学に興味をなくし社会の現状に目を向けることが多くなってしまった。人付き合いもしなくなり、日本人の留学生仲間からは外れていってしまった。

ある日下宿に帰る途中で、一人の少女に出会い、父親が亡くなり、葬儀を出す金もないということを聞いた。その少女(エリス)が雇い主に借金を申し込むと、自分の愛人になることを要求してきたという。豊太郎は彼女に援助することになり、それがもとで結局同棲することになった。このことは留学生には許されることではなく解雇される。

しかし、友人の相澤が豊太郎を助けてくれた。仕事を紹介し、当時の日本の実力者天方伯に随行してベルリンに来た時に、通訳の職を与えてくれた。相澤はその時エリスとの関係を断つようにいってきた。豊太郎は同意してしまう。

その後豊太郎は天方伯爵について通訳としてロシアに行き活躍をする。だがドイツに帰った後高熱を出してしまう。その意識がなくなっていた時に相澤はエリスに豊太郎との帰国の約束を話してしまうのである。エリスはショックを受け気がおかしくなってしまう。

エリスは妊娠していた。その子供ともどもの生活を彼女の母に託しドイツを離れる。その帰国途中の最後んで豊太郎は金をエリスの母に渡して彼らを捨てて帰国する。

ということだった。話の流れは頭の中で確認しておいて。

さて、この小説は擬古文調で語られているので、高校生にとっては話の流れを受け入れるが非常に難しい。『石炭をばはや積みはてつ。』でもう嫌になっちゃう人も多いだろう。なぜこんな文体を選んだのだろう、という点についてはどうかな。」

文体は意図的に選択された?

佐々木が珍しくいきなり発言した。いつも授業中はノートに漫画を描いているようなヤツなのに。

佐々木
佐々木

僕はそういう時代だったから、つまり時代が古いから文体も古くした、とは考えられないと思います。つまりこの当時の口語文で書いていたら、読者のこの小説の受け取り方が違ってくるんじゃないかと思うんです。なんか、古い文体を使うことで、外国の女を捨てて出世を選んだ汚い男の話、というふうに受け取られなくしている、という感じがする。

だって内容だけ考えたら、あまりにもひどい男じゃないか。最後がまた、自分のことを棚に上げて、友人への恨みの言葉で終わるなんて、ロクなヤツじゃない、っていう…。現代のような言葉遣いなら、つまらない小説にしかならないでしょう。そういう悪人の話とは違う主張があるのじゃないか。なんか別の読み方ができるんじゃないかな。

いやあ、これまたただのオタクではないね。

先生
先生

そうだなあ。汚い男だ、とかいう批判はごもっともだが、佐々木の言う通り、なんか別の読み方、という視点は全く素晴らしい。お前、なかなかだな。思ったこと言って、もっと参加しろよ。

よし子
よし子

でも、文体はどうでも、内容的にはどうしようもない男よ。私だった唾ひっかけてやりたいわ

と、女子代表のよし子。

栄古
栄古

僕は正直、豊太郎のお母さんがかわいそう。というか、自分だったらお母さんの期待に応えようとしちゃうだろうな。何も、マザコンじゃないけど、そう思う人だって多いと思うよ

いや、彼の選択は正しかった

福生
福生

いや、豊太郎は正しい選択をした。というより、自分に正直なだけだ

よし子
よし子

だって、子供も産まれるのよ

竿頭
竿頭

そこは、エリスにひっぱっられた結果そうなったんじゃないの?

よし子
よし子

それが男の狡さね

なんだか、教室がガサガサしてきた。こういうところで母親大事、上昇志向の何が悪い、と言えるヤツらもなかなかえらい。やっぱりみんな言いたいことは言いたいんだ、

先生
先生

わかった。この主人公批判、擁護論は後でまとめて書いてみてくれ

と、先生が制した。

「じゃあ、佐々木もちょっと言ったけど、この小説は“恋人を捨てて出世を選んだ男の物語”ということだけじゃない、というのについてはどうだ?」

批判は承知の上だったはず

尽明
尽明

ひどい男だっていう批判は、作者も十分予想していたはずじゃない?鴎外さんだってその男は自分だと見なされるだろうということだって。でもあえてそういう男のことを書いたのよ。『あんたは違うの?』という問いかけをしてるのかなあ

佐々木
佐々木

ちょっと待って。そういう言い方をするのも、作者を主人公に重ねていることになるよ。僕は作者はもう主人公とは切り離して小説を読むべきだと思う。鴎外と豊太郎は全く別人描くと読んだ方がいい

尽明
尽明

それは勝手でしょ。別人格として読もうが、そうでなかろうが、私たちには読者としての態度に権利を持っているというというのが、先生の言ったことじゃない。そう感じちゃったんだから仕方がない、というのが根本的な私たちの態度じゃなかった?

佐々木
佐々木

ぎゃふーん!

でもさ、自由な受取りの上で合意を目指そうってのが主旨じゃなかったか。

今日はいろんな人材が発見できた。

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