18 『善女のパン』 でも、なぜ”善女”?

短編しか書かなかった、O・ヘンリらしい短編小説

先生
先生

今日からは、外国の短編小説を読んでみよう。

最初はO・ヘンリの『善女のパン』という小説。英語のリーダーの教材にもなっているらしいけど、みんなは知ってる?誰も読んだことはないよね。じゃあ、ちょうどいいからまず読んでみて

という先生の言葉で始まった。

先生
先生

前回は“美”についていろいろ話が盛り上がったが、途中で尻切れとんぼみたいに終わったと感じた人も多かったかな。でも、大事なことは自分の解釈を持つこと、できればそれを聞いて他の人が「なるほど、そういう考えもあるな」と思ってもらえるような解釈ができればいいな、と思う。

今回の小説もいろんな解釈ができるかなと思う。考えてみて

「話の大まかな流れは、こうだな。

あるパン屋さんに中年の男が毎度古いパンを買いに来る。主人は40歳ほどの独身の女性で、慎ましやかでも堅実な生活をしていた。彼女はその男の様子からして、芸術家、たぶん画家で、貧しさが原因で古いパンしか買えないのであろうと推察した。彼女はせめて古くなった安いパンより美味しいパンを食べさせてやろうと思った。

たまたまみんなの注意を逸らすことがあった朝、彼女は男の注文した古いパンにこっそりバターをたっぷり中に挟んで、サービスするつもりで彼に持たせた。

しばらく経ち、その男はパン屋に怒鳴り込んでくる。「バカモノ!」「マヌケ!」と叫ぶ。「おせっかいのバカ女!」とも。いっしょにパン屋に入ってきたもう一人の男から、事情を教えてもらった。

実は彼は建築家で、3ヶ月の間新しい市役所の設計図と取り組んできた。昨日までに下書きが出来上がりやっとコンテスト応募のための仕上げをするところだった。仕上げとは線にインキを入れて、下絵の鉛筆画きを消すことだった。消しゴムよりもパン屑を使うほうが綺麗に仕上がる。それがバターのせいで台無しになってしまったのだ、ということだった。

彼女はその話を聞いて、奥の部屋に行き、その男に良い印象を持ってもらうために着ていた水玉模様のブラウスをぬいで、いつもの服に着替えて自分を少しでも綺麗に見せるための薬品を屑籠に捨ててしまった。

先生
先生

こんなことかな。さて、どんなことに気づいた?よく考えて解釈してみて

僕は思った。

圭

今日の小説は、ちょっと面白い。面白さというよりも、作者がどういうことを狙っているか、「なんかどんでん返しがあるぞ」っていう匂いがして、そういう点でわかりやすい。ということは、それほど僕たちを悩ませないということじゃない?

ありきたりの筋かと思ったが

大隈が発言。

大隈
大隈

言い方は悪いけど、中年の女の人が出てきて、しかも、そんなに貧しくはない。そこへいかにも芸術関係者らしい男が出現する。正直、僕は彼女が騙される役柄だとばかり思っていましたよ。そういう意味ではちょっと予想が外れた。でも、基本的にはなんの驚きもない、短編小説の王道というか。まさに期待してないけど期待の地平、ちょっと地平の位置は違ったけど、という感じです。どんでん返しは意外で、それなりに面白かったけど

期待の地平 文学作品を読むときは、先行作品の知識などからあらかじめ期待を抱て読むものであると言う理論から出た言葉。

「みんなちょっと点数が辛いね。」

原

つまり、もっと期待を外してもらいたかった、ということですね。だって、中年の女性の期待感。相手は芸術家だって。あまりにも陳腐じゃない。騙されたんじゃなかった、というだけで私はホッとしちゃった

圭

確かに僕も二人の恋がうまくいくとは思わなかった。せめて彼女にほろ苦い思い出くらいで終わる話じゃないかと予想していた。あるいは、悲劇的な結末だとかも予想していた

先生
先生

じゃあもうちょっと他に、違和感とか無かった?

原さん。

原

ちょっと最後があっさりしていました。服をぬいで、化粧水だかなんだかを捨てて終わり。心に傷も負わないで。こんなこといつものことよ、なんて思っていたような。もうちょっとなんか印象的な行動とか無かったのかしら。

小池
小池

「あたしの早とちりでした」、じゃあ小説にならないんじゃないですか。でもそれ以上になんかあるんですか。この小説を読ませたからには、先生も何か魂胆がありそうな感じだよ。

と言い出したのは小池さんだった。どうもこの人よくわからん。

ところがこの小説、ちょっと問題があるんだ

先生
先生

「いやそんな隠し球はないんだけど、この小説は原題が『Witchs’ Loaves」って本に書いてあったんだ。Witchって魔女でしょ。この本(新潮文庫)では『善女のパン』って訳してあったんだ。Witchって善という意味あったのかなあ。手元の辞書だと「女の魔法使い」「(意地の悪い)老婆」「すごく魅力ある妖婦」「米俗語でふしだらな女」などとあった。それでなぜ「善女」なんだろう。と思ってね。」

大野 右
大野 右

そりゃあ魔女のパン屋じゃあ、ジブリになっちまうべえ!

と、大野。すぐこういう反応できるのは奴しかいない。

先生
先生

んで、ネットだと、『魔女のパン』となってる方が多いようだ。同じ話で、違う訳題ということなのかなあ。でもこれどういうことなのか。確かに善意の女がくれた一塊のパン、ということなんだろうけど、じゃあそれならなぜ『魔女のパン』という題になるか、なんだかわからなくて。ということで、みんなどう思う?

小池
小池

善意の女性がバターをつけたパンが、悪意の結果をもたらすように変身したんで、魔女のパンになった、というのも、ちょっとどうかなと思います。

善女? 魔女? この女の人なかなか……

これは小池さん。彼女も普通に発言するようになったのは、めでたしめでたしだ。

小池
小池

「そこで、最後の一文。なんだかマーサがあっさり服やマルメロの実を捨てて終わりになるという記述に関連して、何か考えられると思うんです。彼女がこんな服や物を用意していたのは、たぶん今回が初めてじゃない。もうこんな思いをしないようにしよう、という決断の行動でしょう?二千ドルの貯蓄もあるし。でも絹のブラウスは屑籠に入れない。これはいっときの夢から醒めることができた、ということなんでしょう。

つまり、なんというか、こういうふうにケリをつけられる、ケリをつけて40歳まで生きてきた女を、「魔女」と作者は呼んだんじゃないかと、思うんです。それをまたひっくり返して「善女」と呼んだというならそれもアリなんじゃないかと思いますが。

もしかしたら、いろんな経験から彼女は男の人とすれ違いの感情から自分の身を守る方法を知っていたのかもしれない。魔女は恋愛感情を出してはならない、それが身を守ることだとわかっていたのかもしれない。

うまく言うことができないけど、そして、主人公マーサのことを悪く読んでいるようにも思えるけど、そんなふうに感じてしまいます。もうちょっと具体的な“証拠”となる表現が欲しいけど、今そんなことを考えました。」

先生
先生

今の話、私と同じようなことを感じていたのかなあ、と思った。年齢とか性格とか、主人公に関する情報に捉われすぎるということも考えものだが、どうしてもそれに引っ張られてしまうね。今も昔も、中年の男はこう考えるはずだ、とか中年の女はこう思うに違いない、とかね。しかし、この作品には、マーサの貯金とかで作者が誘導している感じはするよね。マーサの「堅実さ」を言ってるんでしょう。だったら、男をどういうものとして見る傾向があるか、なんてことは読む者としていろいろ想像してしまうよ。

そんなことを考えると、今言ってもらった、「魔女のパン」という題への解釈も頷けると思う。いっときは魔女であることを忘れていた魔女、ということかな。あるいはそれが女というものなんだということか。あっ、これは男も同じことだという前提で言ってるんだよ。

さて、それじゃあ自分の読みをうまく文章にまとめてくれ。アウトプットが授業の完成だよ。

僕はまた失言!と思ったが、黙っていた。

しかし、いずれにせよ、書いてあること、ないことで少しずつ読む時の印象が変わっていくことは感じられた。(後でNHKの朝ドラでも、この話が出たとかいうことも聞いた。びっくり。)

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