「結ばれる運命」なんていうけど……
アラビアの詩人の言葉に、全ての女性の口には、彼女と接吻する男の名前があらかじめ記されている。というものがある。運命が拒否する相手だったらどうしようもない。
わたしはカフェーのレジスターの娘に夢中になった。彼女にどんなことをしても、どうにもならなかった。マリシェカはわたしの友人たちには愛嬌を振りまく、他の客たちにも。しかしたったひとりわたしだけには不機嫌さ、頑固さを示し、わたしを嫌うのだった。
ある日、彼女の方からわたしに声をかけてきた。彼女はわたしに向かって愛想よくし、手を握りしめてきた。わたしが気をよくして言葉を発すると彼女は意地の悪いことを言うのだった。「私自身もわけがわからないのよ」「でも、どうしてもあなたにはだめなの……」
それから2年ばかりは彼女とは会わなかった。わたしの気持ちも彼女から離れることができた。その後彼女と会った時は以前のようなみずみずしい若さはなくなっていた。しかしわたしは彼女に「きみだったらいつだって夢中だよ」と言った。対して彼女は、晩にまた会いたいと言うのだった。「必ず行くわ」と。しかし、彼女はわたしのところに来なかった。
それからまた7年経って、ある田舎町で彼女に出会った。この間もわたしは徐々に彼女のことを忘れることができるようになっていった。わたしはその時は軍隊に召集されていて、地方で機動演習に参加して村から村へ行軍を続けていた。それがひと段落してある町の旅籠で宿泊した。
マリシュカはその田舎町の旅籠のカフェーで働いていた。すっかり老けてしまっていた。わたしが自分の部屋に誘うと、彼女は応じ鍵はかけないでおいてと頼んできた。わたしは自分の部屋で彼女を待ちながらしみじみとした気持ちになっていた。
あくる朝、わたしは目が覚めて愕然とした。ドアをすぐ調べたが鍵がかかっていた。彼女はここまで来てノックをしたのだが、わたしは寝込んでしまった。彼女はわたしが復讐のつもりでこういう屈辱を与えたと思うだろう。
昼食後徹底的に謝るほかはないという決心がついて、彼女のもとに行った。その時謝る代わりにこう言ってしまったのだ。
「昨夜、待っていたのに…とうとう来なかったじゃないか」
「行けなかったの」と、彼女はどもりながら言った。彼女は朝まで騒いでいたお客たちといたのである。
今はじめてわたしは彼女が来なかったことに喜びを感じた。結局だめなものはだめなのだ。やはりアラビヤ人の詩人は正しかったのだ。私の名は彼女の口に記されてはいなかったのである。
今日は話の流れも頭にすんなり入ってくる話だったね。わかりやすくて素直な話の流れだったね
そう思いました。こういう短編小説はいいですね、楽しく読めて、それで先を読みたくなっていく。納得いく結末でもあります。先進的な作品ではないかもしれませんが、細かく切り刻むように読む必要もないんじゃないですか
まずアラビヤ人の言葉。そして自分の体験、最後に最初の詩人の言葉を思い出させる。そういう構成は短編小説らしくオチがついていいんだけれど、 最初に「まるで人名簿をくわえて歩いているような女たちもそこらにいる」という表現は女性にとってはどうなの?でも、俺もその名簿にのっけて欲しいけどね
不思議なのは運命じゃなくて人間だよ
おい、おい!
まあ今の発言は置いておいて……。
男女にかかわらず、人間と人間の関係でなぜかうまくいったり、どうしても馴染めなかったりするということの不思議さはあるんじゃないですか。自分の友人を見ても、なんでこんな奴と友達でいられるのか、ということはありますよ
おい!誰のことだよ!
すごい執着
まあ、まあ。
問題なのは、どこまでもマリシュカに執着していく”わたし”という人物の方ですよ。私は、それがわからない。自分を振りかえって見ても、そんな自分は想像できないし、自分に執着する人の出現も考えられない。ちょっとそれは悲しいことなのかもしれない。
これは十分に小説のテーマになっていいことだと思います
これは人間の不思議さなの?運命の不思議さなの?二人に何度も接触の機会ができたことは、やっぱり運命の不思議さかな。それでも作品全体から見れば、やはり運命よりも人間の心、執着、愛ということよりも好かれたいと望む欲望、などの方が読者の興味でしょう
面白いのが、最初の二年間の後の再会で、彼女が以前のようなみずみずしさをなくしているのを感じて、「優越感」を持った。という点ですね。その晩彼は振られたんでした。
次の七年間の後、再再会で彼女の「器量は落ち、すっかり老けて」しまった、と彼は思う。
競争意識と言ったらおかしいかもしれないが、この彼の感想はなんでしょうねえ。自分を振った女に対する復讐心?そうだとしたら、彼女は当然彼のところへは行かないでしょうね。自分の要望の衰えは当然自覚していただろうし、男の気持ちは女にははっきりわかっていたんじゃないでしょうか。自分がゲームの対象になっていることを。あまり根拠云々ははっきりしませんが、そんな連想が広がっていきます
「運命」の導く二人の皮肉なすれ違いの小説、とは言えないという読み方だね。たとえば彼女の容貌に関する記述がなくても良いのに、あるからこそそんな解釈が出てくる。「読む」というのはまさしく作ることだなあと今更ながら思ったよ。
まだ未解決がありそうだ
もう一つ。「徹底的にあやまる」決心のもと彼女のもとに出かけた彼は「予言者的霊感」がしたのか、「待っていたのに来なかった」という嘘を彼女に言った。
ここには何か意味はないかなと僕は思ってる。それに彼女もうろたえながら、お客がいたから行けなかった、とどもりながら言った。彼は喜びを感じながら、哀愁を感じる。ここの意味をど解釈するのかな。この二人のやりとりを説明できないものか
そうか。わかりやすい物語、どころじゃないね。
みんなもう一度自分なりの説明を考えてみておくれ。
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