34 『狐』ローレンス

『THE FOX 』 D・H・LAURENCE 新潮世界文学39 藤沢忠枝 訳

いろんな『狐』が可能だというんだけど……どう読む?

二人の娘が農場を経営していた。バンフォードは小柄で華奢な娘で、資金を出したが、マーチはたくましく、大工と建具の仕事ができてこの農場では男手の必要な仕事をやっていた。

戦争が始まってからは悪魔のような狐に悩まされていた。彼女たちの目の前で鶏がかっさらっていかれた。農場は赤字が続いた。二人の関係も、うまくいかなくなった。

八月の末、マーチは野で狐を見た。狐はマーチを見あげていた。顎を引き眼はマーチを見上げていた。眼と眼が合った。狐はマーチを知っていた。マーチは魔力にかかった。狐の眼に射られてマーチの心は停止した。狐は風のように柔らかく飛び去っていった。マーチは発砲できなかった。放心したように歩き回った。雄狐が自分の心を征服したのを感じた。やがて家に戻っていった。

何ヶ月か過ぎた。マーチは狐を忘れることはできないでいたが、ある夕べ、娘たちの家に若者がひとり訪ねてきた。祖父の家だったと思い、帰ってきたのだった。マーチは魔法にかかったように青年を見つめていた。青年の姿勢、金白色の頬の産毛、鋭い眼。若者はマーチにとって狐としか見えなかった。彼はヘンリー・グレフェルといった。

”――この男はあの狐に間違いない――彼のすべてが、ここに存在している。もう、狐を追いかけなくともいいんだわ――マーチは片隅の薄暗がりで、とり憑かれた魔力のなすがままに、ほとんど眠ったような、あたたかなゆったりした平和な気分に身を任せていた。《……》マーチは、もはや、自己を分裂させ、意識の二つの面を維持しようとがんばらなくてよかった。ついに、狐のにおいの中に、すべりこむことができたのだ。”

3人の話ははずんで彼は宿泊することになった。

その晩マーチは夢を見た。狐が歌っている声が聞こえた。マーチは泣きたい気持ちに襲われ、そして狐にさわりたい想いに囚われた。狐に手を伸ばした瞬間、狐は手に噛みつき、身を翻して尾でマーチの顔をはたいた。尾は燃えているように、マーチの口をひどい痛さで焼き焦がした。

次の日、彼はこれからのことを話し出した。彼女たちは話し合ったがバンフォードが認めたため、ヘンリーもこの農場で働くことになった。ヘンリーはマーチにひかれていたのだった。一両日後彼は農場に留まっていた。マーチと結婚してもいいんじゃないかとも思っていた。

”――やがて、彼はその考えを黙認して、にんまりとほくそ笑んだ――いいじゃないか?全くかまわんじゃないか?こいつはいい考えだ。もし、少々おかしくたって、どうってことあるか?かまわないじゃないか?彼女が年が上だって、それがどうだってんだ?そんなこと、問題じゃない。彼はマーチの黒い、びっくりしたような、傷つきやすい眼を考えて、ほのかな微笑を漏らした――ほんとは、おれのほうが年上だ。おれは彼女の主人だ――”

ヘンリーはマーチに結婚したいと申し出た。マーチは不可能だと答える。「ああ、あたしできないわ」と。ヘンリーが自分が何を言っているのかわかっているのか、と尋ねると「ええ、あなたがそう言っているのはわかるわ」と返事するだけだった。

その夜、3人はお茶を飲んでいた。ヘンリーとバンフォードは読書、マーチは編み物をしながら。ヘンリーは本から目を上げてマーチを見詰めていた。マーチは彼と目を合わせると「あっ、彼がそこにいるわ!」と叫んでしまった。バンフォードに問い詰められながらもマーチは狐に関することだと白状しなかった。その後二人きりになると、彼は結婚についてマーチに迫っていった。マーチはどうしようもなくなってついに結婚を承諾した。

翌朝、ヘンリーはバンフォードに結婚のことを話した。バンフォードは「傷ついた魂のすべてを顔にこめて」まさか、と叫ぶばかりだった。

夜にヘンリーは一人で銃を取り外へ出た。森の端に来た時、隣家の犬が吠え始めた。

彼は開け放った垣根の出入り口を見据えたまま待った。ひとつの影が出入り口をすべっていった。狐は鶏舎のドアにうずくまった。その瞬間夜全体が粉々に粉砕されたような銃声が響いた。

狐は断末魔の身震いをしていた。

その晩マーチは別の夢を見た。バンフォードが死んで自分が泣いている夢を。ジル(バンフォード)の死体を包むものを探したが、狐の皮しかなかった。そんな夢を見た。

先生
先生

さて、今回はここまで読んで、3人の生活が始まって、これから話はどうなるだろうか、ということを予想してみよう。君たちが物語を作るならどういう話にする?ちょっと趣向を変えてみようというわけだ。読者の期待はどういう方向へ行くんだろうねえ?

ハッピーエンドにはならないわよ

小池
小池

私はこのあと山あり谷ありのいろんなことがあって、結局3人がなんとか仲良く協力して生活するようなことになればいいな、と思います。あんまり誰かが傷つくような、残酷な結末にはなってほしくないな、と思いますけど……。

よし子
よし子

マーチが口にする言葉が、あまりにも意志がないようなところが不思議。この人何を考えているかちょっとわかんない。私はじれったくなるな。でも、きっといわゆる三角関係になる。ここで3人ともそれぞれのエゴが出て、3人ともバラバラになると予想するんだけど。ハッピーエンドにはならないわよ、絶対……。

大野 右
大野 右

そりゃあ、僕もハッピーエンドにはならないと思うよ。だって、この作者は『菊の香り』の作者でしょ。人間の暗いところに入っていくに決まってる。僕は二人の娘のどちらかが後の二人を殺すことになるんじゃないかと思う。三角関係は破綻しなけりゃ話にならないでしょう。

岡野
岡野

マーチは男の心理的な圧力に耐えられない女でしょ。初めに狐の眼に射られたマーチは、同じ眼を持った男の虜になっていかなくてはならない。マインドコントロールされたマーチは、ついにはバンフォードを殺してしまう、っていうのはどう?どこかの2時間ドラマによくあるストーリーだよ。

佐々木
佐々木

僕もこの3人の心理戦の物語のように読んだ。ヘンリーという男はなかなかだ。きっとこいつは二人の娘に、ある時はこっち、またある時はあっちと気を持たせて、戦略上のシーソーに二人を座らせる。いつの間にか二人の娘は彼のひらの上で踊らされることになっていく。しかし、最後にはそのゲームも終わる。どっちかの娘はこいつに撃たれてしまうんだ。男は悪いね。

岡野
岡野

他人事のように言ってるけど、そう、たぶんマーチが最後に爆発してしまうような気がする。ちょうど狐を待ち伏せするように、ヘンリーは銃で撃たれる。

みんな狐という題に注意しなけりゃ。狐は今読んだところでもうヘンリーを表象するものであるのは明らかだよ。だからヘンリーは色々考えてるだろ。狐は賢い動物であることは、東西共通じゃないの?でも、ずる賢いものは結局滅びるよ。狐は最後には退治されるものだよ。きっとヘンリーは殺されるか、放逐されるよ。

「地平」という言葉がイメージを沸かせるね

先生
先生

それぞれの物語の「期待の地平」があるんだね。

最近古本屋で『挑発としての文学史』という本を買ったんだけど、割合読みやすくてね。その中でこんな記述があった。

(文学作品は)すでに読んだものの記憶をよびさまし、読者に一定の情緒を起こさせ、すでにその始まりから「中間と終わり」への期待を作り出している。その期待は読み進むうちに、ジャンルあるいはテクストの種類がもつ特定のルールによって保たれるか変化させられる。つまり、方向を変えられるか、場合によってはイローニッシュに(反語的に、ひねった?)解消させられることがある。あるテクストを受け入れるときの心理的な動きは、美的経験の第一の地平にあっては、決して単に主観的な印象の恣意的な結果にすぎないとはいえない。それは、知覚が一つの過程を誘導されて、特定の指示を遂行しているからである。(『挑発としての文学史』 H.R.ヤウス p.36 岩波書店1976年)

ここちょっと難しいかな?なんとなくわかる気がする?

つまり、小説を読むにしても言葉を読み進めて理解しようとすると、必ずそれ以前に仕入れた情報の解釈の上で読んでいる。まるっきり新しいものを受け入れているのではなく、期待している、予想している進行を持って読み進める。こういうことをまず言っているんだろう。狐というものを優しいおばあちゃんのようなものとして書いてある小説を読んだら、それを初めからすんなり受け入れて読むことができる人はいないだろ?そういう狐がいたって良いものを、鶏小屋から鶏を掠め取って食ってしまうものが狐なんだ。

ここでもまさしく狐は想像どおりの、期待していたとおりの性質を持って登場している。その目はどう?目を見合わせたマーチはどうなった?

マーチは魔力にかかった――狐が自分を知っていることがわかった。狐はじっと彼女の目を見つめた。マーチの心は鈍ってしまった。狐はマーチを知っていて、彼女を恐れなかった。

とある。狐の眼について大体僕たちはある特定の目つきを連想してしまうね(パンダの方が絶対に優しそうな眼と捉えてしまう。本当のパンダは結構目つき悪いのに)。マーチはこの眼に捉えられてしまうんだね。全部期待してきたとおりだね。

ここまでの読み取りで、だいぶ君たちの期待はいわば”2時間ドラマ”的になってるんじゃないかな。悪いと言ってるんじゃないよ、それが当然だからさ。そんな感じがするけどどう?

そこでこの後読んで本当に”2時間ドラマ”のようになるのか、ということを確認していこう。思った通りにはならないことが多いが、それがヤウスのいう、「地平の変更」ということなんだろう。これが小説を読む楽しさなんだよな。さて……

狐を殺したあとのあらすじ

朝、マーチとバンフォードは外に出て狐を見た。若い牡狐で「かわいそうな獣!」とバンフォードが言った。マーチはじっと狐の皮を見ていた。

その晩3人は食堂に座っていた。ヘンリーはあさっての午前中の汽車で出て行くと言った。結婚して3人でここで暮らすことはベンフォードが許さなかったからだった。そこでヘンリーは二人でカナダへ行き生活するということにして、ヘンリーが先にカナダへ帰ることになった。ヘンリーはその旅立ちの前に結婚をしたいと考えていた。

その後マーチの心の綱引きが始まる。

マーチは「ああ、あたし、実際は、どちらかわからないわ、ほんとうはそれよ。わたしわかんないわ。」と結婚について語っている。(このへんのやりとりは、不自然な会話や、意味のわからない言葉のやりとりがある。特にマーチの感情が不可解で、心情の変化に理解に苦しむ)ひとことで言えば心の揺らぎなのだが……)

結局二人の結婚は正式な結婚届ではないね前の登録のみにして、ヘンリーはまず軍の宿舎に手続きのために行くことになる。

別れて九日、マーチからの手紙を彼は受け取った。そこには、結婚がやはり不可能であること。ヘンリーといると正気を失ってしまっていたこと、などが書いてあった。

手紙を読んでヘンリーは理性を失った。悪意を持ったけもののような怒りと、それを押さえつけるように努めた。ただひとつ、バンフォードに対する大きな怒りは燃やしながら。彼は軍に外出許可をもらってブリューベリーへ自転車で出かけた。

農場ではマーチが仕事をしていた。隣の農場との区割りの松の木が枯れていて、その手入れをしていた。バンフォードは厚いコートを着て小屋の方に倒れないかと心配していた。小屋からはちょうどきていたバンフォードの父親が出てきた。そこへ自転車に乗ってきた男が来た。マーチは眼をうつろに、大きく見ひらき、上唇は兎の顔のように歯から持ち上がっていた。ヘンリーだった。

自分が木を倒すことをヘンリーは申し出た。父は皮肉っぽくヘンリーに話していた。ヘンリーは木が倒れると枝がバンフォードに当たると計算していた。「気をつけなさい、バンフォードさん」とヘンリーは言ったが、バンフォードはむしろそれを警戒して動かなかった。バンフォードはヘンリーに反発するように当たるはずがないと言っていた。しかし大枝が彼女に当たる。

必死に土手に登ってきた父親にヘンリーは「彼女は殺られたようです」と告げた。マーチは化石のように立ちつくし、そしてわっと泣き出した。

二人はその後クリスマスに結婚式を挙げ、コーンウォルの彼の故郷に移った。農場にはマーチはとてもいられなかった。彼女は彼のものになったがマーチの心はいつまでも傷ついていた。

マーチはこれまで主体的に生きてきた。しかしその生き方が失敗にきしたことを知った。自分の責任感を満足させることができなかった。ジルを幸せにしようとして果たせなかった。

女は男を幸福にしようとして努力に努力をかさね、自分のあらん限りの力を振り絞って、彼女の世界の幸福のために努力する。結果はいつも失敗である。

男はマーチを自分に完全に頼りにさせるよ王にしたかった。彼女を従わせ、屈服させ、頼りにさせたかった。彼女の激しい意識のすべてを盲目的に捨て去ってほしかった。そのために早くこのイングランドを去りたいと思った。その時本当の新しい人生をもち、彼女も素晴らしい人生を送れるだろう。そのためにカナダに早く帰りたいと思った。「もし、すぐ、二人で行けさえすればなあ……」と切ない声で、コンウォルの絶壁の上で、二人で腰をかけながら、彼は言った。

先生
先生

ということで、今回はどいいうふうにまとめればいいだろう?みんな思った通りの結末にはならなかったんじゃないかな。テレビドラマのような感じの終わり型じゃなかったものね。いろいろ違和感あっただろ?

話が二転三転 どう整理する?

岡野
岡野

あらすじがあったのに申し訳ありませんが、もう一度筋道を確認すると、

ヘンリーのマーチへの求婚→バンフォードの不審→マーチの承認(ジルの呼び声に応えるために承認している)→ヘンリーの結婚公開→「とにかくあなたはそう言っているわ」(ネリー)

この過程で色々ありますが、マーチの言葉遣いはものすごく変です。僕は作家が一つの見込みをしっかりと持って作品を作っていったのかと疑っています。

先生
先生

そうだね。自分の言ったことが自分の意志でないところから出てきているような感じだね。あるいは現実感のない不思議な会話文だね。

岡野
岡野

バンフォードは二人が愛し合っていることが信じられないというふうだ。ヘンリーに対して、あんたより深い関係がある、というのはたぶん同性愛なんでしょうね。

先生
先生

まずそこなんだけど、高校の授業に相応しいかどうかわからないが、今回この同性愛を前提とした読み方は置いておこうと思うんだ。私が読んだ英文学者の批評はこの同性愛が前提で論が進められていた。『狐』についてそれが常識かどうか知らないし、どこかに決定的な証拠があるのかもしれないが、バンフォードの嫉妬心があまりに曖昧だろう?作者がわざわざそういう会話文を意図的にさせているのかもわからないが、同性愛を前提にする必要はないんじゃないかと思うんだ。

英文学の専門家はどうなのか知らんけど、今回はもっと違った面から読み取ることにしてみようよ。もちろん二人の女の同性愛を物語の出発点としてもそれは自由だよ。

さて。他の人はどう?この小説は何を描いたものなの?まだ気になることがあって考えがまとまらない人もいるだろう?

この人たちが目指しているのは、「闘争」のうえの「勝利」

栄古
栄古

もうちょっといいですか?くどいようですが、ヘンリーが狐を殺した場面までの、マーチの様子を確認したい。そこまでの三人の会話でわかる心情が整理できないんです。

・まず、バンフォードは父に身の立つように農場を買ってもらった。マーチはイズリングトンの夜学で実技を学んだ。初めはバンフォードのおじいさんと二人が農業をしていた。が、戦争のせいで仕事はうまくいかなかった。二人の仲もうまくいかなくなっていた。

・八月末、マーチが狐を見つける。狐はマーチを知っていた。マーチは魔力にかかった。

「狐が誘うとも、さげすむともつかない様子で、巧妙に、自分の肩ごしにちらりと彼女を振り返って見たのを、彼女は見ていた。」

・4、5日後このことをバンフォードに話す。それから何ヶ月かたって夜ヘンリーが小屋を訪ねてくる。

・バンフォードはうきうきと彼をもてなす。ヘンリーはコンウォル生まれ。12の時祖父とこの地に来たが、その祖父とうまくいかなくて、カナダに逃げた。

・マーチは「この男はあの狐に違いない。――彼の全てがここに存在している。もう狐を追いかけなくともいいんだわ。」と思う。彼女はゆったりとした気分になる。なんとも言えない若者の”におい”にマーチは不安を感じる。若者はここに泊まることができるようになった。

・この晩のマーチの夢。

 野原の暗黒で聞こえる歌声。彼女は外に出る。狐が歌っている声だった。マーチは狐に手を延ばす。いきなり狐が噛みつき、尾でマーチの顔をはたいた。尾は燃えているように熱く、マーチの口を痛さで「やき焦がし」た。

・明くる朝、マーチは起き出し仕事をする。1918年という年はまだ食べ物は売りに出てはいなかったから。

その後、ヘンリーの宿泊について、マーチは「私はどうでもいいのよ」バンフォードは「あたしもよ。よろしかったらここに泊まってもいいのよ」といい、バンフォードが彼の宿泊を許可する。

・この夕に、ヘンリーは「マーチと結婚したらいいんじゃないか」「おれは彼女の主人だ」と思う。

と、こんなふうに進んで行って、ヘンリーはマーチに結婚を申し込み、強引に彼女から承諾の返事を得るようになるんです。

ここで僕は思うんです。この三人の間に恋愛関係の感情が絡まっていることは確かですね。その関係なしに三人の感情のもつれを読み解くことはできません。特にヘンリーにはマーチへの感情の高まりは抑えることはできない。

しかし、二人の女の感情はどうでしょうか。僕の印象は恋愛感情よりも、何か別のものを読み取ってしまうんです。最初の方はマーチよりもむしろベンフォードの方がヘンリーを気に入っている。しかしヘンリーはマーチに、まさしく狙いを定めているんです。結婚を考えているとき、彼は彼女の”主人だ”と思いますね。僕はこれは恋愛というより、闘争の上での勝利の感情だと思うんです。しかも、打算的で、注意深く、計画的にマーチを取り込もうとしているんです。

そういえば、確か、突然自分に対して「きみ」と呼びかけて励ましや忠告を述べるところがありましたよ。えーと、

「きみ自身の運命が、きみの狩り立てている鹿の運命に追いつき、それを決定するのだ。まず、きみが、まだ獲物の見えるところまで来る前に、ふしぎな、催眠術に似た戦いがある。狩人としての、きみ自身の魂は、きみがまだ一頭も鹿を見ない前から、鹿の魂を捕えようとして出かけていく。鹿の魂は、逃げようとして戦うのである。」

この「きみ」への呼びかけはまだまだ続きます。この声はどこから届くのか。たぶん「運命」が語っているのだろうが、これは策略ではない、必然なんだ、ということです。どこかの戦争でも聞いたことあるような気がしますが、勝利は必然であり、歴史が必然であるということに通じるような気がします。

先生
先生

また、ものすごい演説になっちゃったぞ。

栄古
栄古

えへへ、自分に酔いますね。

んでまた、この部分で書かれなくてもいいのに、1918年という年が記述されてんのよ。第一次大戦の終結の年ですよ。ヘンリーがイギリスに帰ってきてるんだから、そりゃそうですけどね。

つまり、闘争と勝利という匂いがこの小説の根幹にあるんじゃないか、ってなことを読み方としてご提案しているんです。もちろん、敗者は――バンフォードでしょう。後を読めば……。単なる三角関係のもつれという読み方は、しない方が面白いと思いますね。

竿頭
竿頭

私も、この狩人と鹿の話の部分は気になりました。私は、マーチがどうもはっきりした受け答えができないということが気になって気になって……。マインドコントロールとか催眠術とかの話が世間でありましたね、あれはピッタリ合うんじゃないかしらね、マーチに対して。

つい最近倫理の授業でフロイトのことをちょっと習いましたが、フロイトって、いつ頃の人ですか?

大野 右
大野 右

ほいきた!係の大野でーす。

フロイトは1886年に三十歳で開業。1939年に没したと書いてありまあす。

竿頭
竿頭

とするとちょうどこの頃、例の「無意識の発見」とかいうことがあったわけですね。そういう言葉の流行りとかあったんですかね。だとしたら、私は、物語をまとめた文を作る時なにか無意識とかいう言葉を混ぜて説明したいですね、うまくいくかどうか難しいですけど。

なぜ女たちはドロドロの争いをしないのか

右棘
右棘

私はもともと三角関係という考え方に納得できないところがあったんですよ。というのは、マーチとヘンリーの結婚を知った時には確かにバンフォードは叫び声を上げたりしていたけど(確かそうでしたね?)いつ出ていくのかを尋ねたりしたときは、そんなに感情的ではなかったですよね。内心はどうであれね。だから最初の話で、同性愛という件にも疑問があったんです。計略的ではあってもバンフォードはずっと激情的にはならなかった。というか、感情的な様子を続けることをしなかった。そりゃ、いっしょに生活し、苦労した相棒が男と出て行くことに普通の感情でいられるはずはありませんよ。でも、彼女は極力それを押さえつけた。そうそう、『菊の香り』の婦人と同じですよ。冷たい心かもしれない。あとの方で、「いつカナダへ行くの?」とか言っている。

それに、プロポーズを受けた日の次の日、バンフォードは婚約の事実を知って、「彼女は、けっしてそんな馬鹿じゃない」と言っていました。「自尊心を失うはずがない」とも。

変な言葉づかいです。そしてその晩女二人は、わりあい静かな話し合いをしていましたね。何を話したにしろ、感情的な罵り合いとかではなかったんですよ!これ当たり前ですか?マーチは男に出て行くように言いましょう、と言ってましたね。こういう話を家の外でヘンリーはやっと聞いたんです。このあと狐は銃殺されるわけですが、この女二人の会話はどんなものだと想像できますか?

私、みんなに笑われるかもしれないけど、バンフォードとマーチはどちらがヘンリーを自分のものにできるか、賭けをしたんじゃないかと思うんです。

小銭を賭けて考えていることをあてる、というエピソードもありました。そしてこんな田舎じゃ退屈だということも最初に言っていた。若者と年齢は10歳くらい離れている。

私はここで二人はその賭けの後始末を話し合っていたような気がする。しかし意外にマーチは本当にヘンリーを想っているように自分の心の変化を自覚してしまった。彼女のヘンリーとの会話のおかしなところは、そういう自分の心の分裂とか、自分で自分の気持ちを理解できないという、つまり「無意識」の心の噴出が思いがけないという、そういうことじゃないでしょうか。

あんまり変な読みなので、馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないけど、私の妄想です。

先生
先生

なんとも面白い”妄想”だね。でもそういうオリジナリティー溢れる想像がこの授業の目標だったんだ。あとは、その読みを文章化することができるか、文章化するのにどれだけ証拠を出せるか、それを論理的に書けるか、それに反論する人の意見も考えて、文章化できると素晴らしいと思う。

「ええ、殺(や)られたようです」の意味

丸楠
丸楠

この小説はまだツッコミどころがありますよ。なぜ、狐はヘンリーによって殺されなければならなかったのか、はどうですか。狐イコールヘンリーですよね。そのヘンリーがマーチに代わって狐を殺した、ということはヘンリーは狐に取って代わったということなのか、それともヘンリーは自分自身を殺してしまったということなのか。僕はヘンリーが狐を吸収した、というか狐の力を与えられた、というふうに感じます。

先走ると、最後にバンフォード殺害事件が起きますね。大木を切り倒し彼女に当てて殺します。

樹木は、フロイト流にいえば(全然知らないことですが、たぶんそういうことになるんじゃないかという、単なる想像ですが)男性の表象ではありませんか?ヘンリーつまり狐は、この男性性によってバンフォードを殺した。その直後、ヘンリーは彼女は「殺られた」と言っている。これはヘンリーは「狐が」殺ったんだ、と言ってるんじゃないでしょうか。変な言い方だなーって思いますが、ヘンリーは自分が「殺った」んじゃない。ということを言ってると思うだけど、どうかな。

先生
先生

ふーん。なるほどね。私自身ももう一度君たちの意見を確かめながら読む必要があるな。

このあと、マーチの手紙があるな、それから事件があって、その後のマーチの心情が語られる。これがまた問題で、どうも女性を保護されるべき弱きもの、男に従うもののように読んでて感じてしまうんだが、みんなはどう思った?そしてコンウォールの絶壁から西を見ながら二人はそれぞれの思いを持つ。なぜここで終わるのかなあ。

それと、マーチの夢の問題もあるな。これが何を意味しているのかなんていうのもある。他に何か言いたい人はいる?誰もいない?

それじゃあ、今回はここで話はやめよう。今後物語の解釈の文を考えるとき、何かあったら書いてみて。『狐』ってさまざまな引っかかるところがあって、大変だったな。私も今回は疲れたよ。じゃあ、原稿用紙配るぞ。

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